信者にはならない

「信者」というと「宗教の」というイメージだと思います。

まさにそうなのですが、そもそも宗教の目的は信者を作り出すことではないようです。

「OSHO」と呼ばれるインドの神秘思想家バグワン・シュリ・ラジニーシは、教えを信じるだけの信者ではなく、探求者であれと訴えており、私もまさにそうだと思っています。

確か氏の言葉に「宗教性は素晴らしいが、宗教団体はけしからん」みたいなものがあったやに記憶しています。

なんだか、宗教団体だから宗教性が高いはず、とお互いに思っているはずなんですが、実は違うということがあるかもしれませんね。

そもそも宗教に興味を持つ人は、科学がまだ解き明かしていない神秘の世界とその中に存在する人間の可能性を追求していく存在ではないかなと思っていて、「これが答えだ!」と思った瞬間にその役割は終わっている気がするのです。

そして、大概の宗教団体は「これが正しい」ということを、「信じさせる」ことが目的化していますよね。

「疑ってはならない」「この教えだけが真実である」

こんなことを言っているようでは、到底真理には近づけないような気がします。

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