創作作品からの気づき1 「知っている」とはどういうことか(ガンダムユニコーン)

前からやりたかったことをはじめます。

機動戦士ガンダムの「ファースト」と言われる宇宙世紀シリーズの締めくくりの作品として作成されたのが、数年前、5年間をかけて7回シリーズで映画館で上映された機動戦士ガンダムユニコーンです。

実は私、小学生の頃に友達に連れられて劇場版の「哀戦士」で始めてガンダムを観て、その後、高校生の頃、Zとかありましたが、ほとんど観ておらず、ただ「逆襲のシャア」だけはお気に入りだったという、とても中途半端な感じでした。

ユニコーンも気にはなっていましたが、3話くらいまでは観る機会がなく、何かのきっかけで観てからはまった感じです。

昨年、30分ものに再編集されてテレビ放映されまして、改めて視聴したら、登場人物のセリフにとても深いものがこめられている気がして、いつかユニコーンの登場人物のセリフをテーマにして書いてみたいと思っていました。

 

最初のセリフは物語の終盤の主人公のバナージとミネバのやり取りのシーンからです。

「知識はあったけど、実際に見て、聞いて、感じて、体験して、初めて知ったことになるんだなって思った。私は今まで世界を知らなかったんだって。」
「地球で見て、感じて、思い知った。人は知り合えても、そう簡単に手を取り合うことはできない。生まれやしがらみから自由になれないのが人間なんだ。」
ことわざに「賢者は歴史から学び、愚者は経験から学ぶ」というのがあったと思いますが、少しニュアンスは異なるのかもしれないけれど、「知る」というのはどういうことか?について端的に表現されているセリフだと思いますね。
最近自分でも思うのが、結局人類の中で歴史から学んだ人間なんているのかな?って感じですね。
ガンダムのテーマでもありますが、人間が何千年にもわたって続けている争いの歴史。歴史は「争いの記録」とも言えますね。
人間はそんなに進化していない、と感じてますが、皆さんはいかがでしょう?
「知識」と「理解」の間にはとても大きな違いがあると思います。
前者のセリフと後者のでは発した登場人物が異なりますが、前者のセリフからはポジティブな感動が、後者のセリフからはネガティブな響きを感じることができます。
この二人が「知った」ことは、それぞれが実際に感じて理解したことだけど、同じものではない。
人はこうやってお互いに共通理解できないままに生きていかざるを得ないのでしょうね。
たとえ同じことを体験しても「何を感じたか」はそれぞれ異なるはず。
それが「人はそう簡単には手を取り合うことはできない」というセリフに行き着くのではないかな、なんて思ったりします。
さあ、どうでしょう。
果たして、私たちは本当に世界を知っていると言えるでしょうか?

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