「宗教は怖い」=実は「人間(組織)が怖い」

神様というか宗教の教義とかを否定するわけじゃないけど、結局「宗教は怖い」ってさせている現実はあるな、と感じる今日この頃です。

誰がさせてるかって?そりゃその神様を信じている人たち自身がそうさせている可能性は高いでしょうね。

というのも、その宗教にとって「神様の言葉」である教義・教理は「絶対」のものであって、自分たちの宗教の教義が絶対であるならば、他の宗教の教義は「偽物」なんですよね。

新興宗教だけじゃなくて、キリスト教やイスラム教、さらにはその宗派の内部での闘争もあったりするのはよく知られていて、ある意味当たり前のことになってますよね。

それぞれの髪の教えは人を幸せに導こうとするものなのに、なぜこうなるの?

結局のところ、自分の神の言葉を「変に絶対のものとして、他のものと比較しないこと」が重要じゃないかなと思うわけです。

それと、結局はお金集めですよね。

宗教はともかく、宗教団体として存在すると、自分たちの教義・教理を広めることが神様への功徳となるという「勝手な思い込み」を持ちますから、「人を幸せに導く」=「組織を大きくする(信者を増やす)」という思考停止に陥ってしまう。

ついでに言えば、「絶対に正しい神の言葉」があることになりますから、自分で考えることを辞める、そして信者たちに自分で考えることを辞めさせる、というパターンが多いんじゃないですかね?

実はこの「自分で考えることを辞める」というのは、どの宗教の教義・教理にも反しているんじゃないかなと思っているのですが、どうでしょうか?

私は「言葉は全てを伝えることはできない」と思っています。

だから、ありがたい神様のお言葉だけでは、真理は伝わらないと思うのです。

だから、いろんな解釈が生まれて派閥が生まれる

そこで争うなんて、本当にもったいないことだと思います。

ある意味「自分たちで考えた結果だ!」という方もいるでしょうが、それは神の言葉の中の根本の部分を踏まえた、大目標をしっかりふまえてのものなのか?

よく考えないといけないと思うのです。

各宗教の神様は、人間に対して「何を期待しているのでしょうか?」

ここの部分の探求は、ここ数千年の人類によってどこまで深められているでしょうか?

人々を救うためのはずの宗教が「怖い」ものとなるのはとても残念なことですね。

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