「心技体」で一番初めに「心」がある理由

「心技体」

武術やスポーツの重要な要素としてよく使われる言葉ですね。

どんなに技や体力が優れていても、心の修養が足らなければ100%の力を発揮できない、のような意味として、心の持ちようが人間にとって大切なことの例えとしてよく言われますが、まさにそれを実感する出来事がありました。

私はブログでもメンタルのことについては結構描いているし、なによりカウンセラーを目差して、日々、自分の心とも向き合っているつもりなのですが、この「心」ってやつは本当に取り扱いが難しいと感じます。

人間は、子供時代から大人になるまで、一番身近な存在である親との関係の中で自分の「生き方」のパターンを形成してきますが、実はこのパターンは大人になって環境が変化すると、そのままでは使えない場合が多い。

というよりも、むしろ変えなければならないのですが、ほとんどの人は自覚がないと思います。

この思考のパターンを心理学用語では「ビリーフ」と言います。

パターン化されているとも気づいていないだろうし、それが変えられるとも思っていない。私はこういう人間なのだ、と何の疑問もなく思って生きているはずです。

いや、それで幸せならそのままでいいんですけどね。

そもそも、カウンセラーのお世話にならない人の方が圧倒的に多いでしょうからね。

それでも、自己啓発本だったり、いろんなセミナーだったりというものは、その中に「人の心」に作用する効果が必ず含まれていますから、そういうものが人気であるということは、実は多くの人たちが求めているとも言えるでしょう。

実は、ただ読むだけ、ただ聴いて帰るだけ、では、なかなか心の奥底までは響かないというのが実感でした・・

 

それはさておき、先日、私が所属する田舎のおじさん達が趣味でやっているバンドが、出身地域の小さな夏祭りに出演することになりまして、30分程度演奏をしてきました。

今年は結構、直前に連続して練習もできましたし、以前、このブログでも報告したかもしれませんが、ビリーフリセットカウンセリングを体験したことで、自分に対する「肯定感」が改善し、自分の欠点を冷静に正視することができるようになりました。

そんな体験をしたことない人とっては「何を言っているのかわからない」と思われるでしょうが、基本的に周囲の人間から「否定されて生きてきた」私は、自他共に認める「自己肯定感の極めて低い人間」でした。

にもかかわらず、一方では「完璧にできなければダメだ」と自分に重荷を課してしまう傾向が強い、という矛盾が自分の中に存在していました。

1か0か。

ちょっとでも失敗すると全部意味のないものになってしまう。「全くダメだ!」てな感じです。

だから、他のメンバーの音の揺らぎや、ちょっとした演奏の「ムラ」に過敏に反応してしまい、「ああ、ダメになる」「自分のせいじゃないだろうか」なんて常にビクビクするわけです。

そらから、以前は自分の演奏を聴き直すのがとても怖かったというのが正直なところです。

それは、ダメな自分を改めて確認する作業のように思えて、恐くて仕方がなかったのです。

 

ですが、今年の4月から学び始めたビリーフリセットカウンセリングを体験したことで自分の心に変化が起きて、つい2ヶ月前に大きな階段を乗り越えることができて、楽な気持ちで自分の演奏に集中することができるようになったと嬉しく思っていました。

箇条書きにすると、

・演奏中に他のメンバーの演奏の揺らぎを気にしなくて済むようになった

・演奏中の景色がとても広がってくっきりと見えるようになった

・体の力が抜けて、マインドフルネスのような状態を保つことができるようになった

と、まあ、すごく「楽に」なりました。

まあ、いいおっさんが何を弱気なことをほざいているのか、と思われるでしょうが、実はこういう人間もいるのですよ。

 

さて、話をバンドの演奏に戻しまして、昨日の本番、やはり緊張はしましたね。

そして先ほど「楽に演奏ができるようになった」と書きましたが、やはり緊張するとちょっと雰囲気が変わります。

当然、他のメンバーもそれなりに緊張したみたいなので、やはり「本番の場」というのは「練習の場」とは全く違うのですね。

演奏の内容はというと、つい何箇所か練習どおりにはいきませんでした。

肝心なところで抜けてしまうんですよね、フレーズが。

その原因はというと、余裕が無いはずなのに「つい別のことを考えてしまう」というやつです。

うまく演奏ができるときは、ある意味頭の中は「空」です。

でも、本番になるといつも、「これからどうだっけ?」とか考えてしまって、つい大切なフレーズの瞬間に迷ってしまって「ヌケて」しまう。

で、失敗してしまうと、それが気になってしまって、そのことをつい考えてしまう。悪循環ですね。

さらに、2曲目の最後には、なんだかわからないのに左足が震えてましたね。曲が終わって手で押さえたら止まりましたけど・・・

何でだろう?最近は演奏中、笑顔も出るし、上半身は力が抜けていたし、景色も前より広く感じていたのに・・・

 

帰りの車の中で「ああ、これが心技体の『心』の大切さなんだ」と思った次第。

どんなに練習して技術を高めても、それを冷静に使いこなせないと、パフォーマンスを発揮できない。

もったいないことです。

 

ただ、わからないのは、「どうやったら『心』は鍛えられるのか」ということ。

オチが雑なのですが、やっぱり「慣れ」だろうと思っています、場数を踏むのが一番なんだろうと。

 

さて、でもここで、以前だったら「そんな恐いこと嫌だ」って思って、「ああ、とりあえず終わってよかった」なんて感じになるところですが、なぜか今回は「どんどん人前に出て心を修練しよう」って思うようになったところは大きな進歩だなと思いました。

それと、以前だったら「ちょっと間違えたら全部ダメ」だったのが、

ビリーフリセットによって、この「心のベースの部分が少しずつ変わっていく」ことで、人生の歩みか方も変わっていけそうな気がします。

 

さて、後日、ライブの映像を撮っておいてくれた人がいて、自分の演奏を観て聴く機会ができました。

間違いなく失敗したのは憶えていますから、とても不安な気持ちになりながら鑑賞したのですが、それがそこそこできていたのですね。

確かに、演奏のフレーズは間違いなく抜けている部分がありました。

ですが、おかしくないように上手に「ごまかしている」のです。

前だったら、パニックになってしまい、リズムがおかしくなってしまうところですが、基本のリズムは安定している。

そして、自分は正しいフレーズを憶えていますから、部分的に失敗して抜けているのはハッキリわかるのですが、「おかしくはない」のです。

確か、他のバンドのドラマーと話したときも、「ちゃんと安定して聴きやすかったですよ」って言ってもらえたなぁ。

 

心が安定すると、それにあわせて自分のいろんな部分も安定してくるんだなと、まさに「心技体」、心がすべてのあり方を決めているのかなと改めて驚いたところです。

だからこそ、これから人が幸せになっていくためには、自分の「心」を見つめることができるようになるのが大切だなと改めて感心した次第です。

 

 

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